2026/7/16
【動画あり】超安定の銀行員を辞めて「大工」へ。青木陽平が家づくりに懸けた「覚悟」とは?

みなさん、こんにちは!
青樹工務店の陽平です。
YouTubeトーク企画「Aoju Cafe(青じカフェ)」の第2弾を公開しました!
前回の「アナウンサーを目指していた理由」に引き続き、今回は「なぜ安定した銀行員を辞めて、未経験から大工の世界へと飛び込んだのか?」についてお話ししています。
父から「お前が思っているほど甘い世界じゃない!」と猛反対されながらも、私がこの道を選んだのには、3つの大きなきっかけがありました。
「動画を見る時間がない」という方はぜひこのブログで、「当時のリアルな心境や裏話をじっくり楽しみたい!」という方は、ぜひ記事最後の動画からご覧になってみてくださいね!
きっかけ①:60歳の社長たちが教えてくれた「自営業のカッコよさ」
銀行員として働き始めた私は、土日休みで時間的な余裕もあり、子どもの頃に憧れていた「安定した生活」を手に入れました。
しかし、営業として多くの会社を回る中で、ある強烈なギャップを感じることになります。
それは、定年や退職後のストーリーを話す銀行の上司たちと、「60歳になって、ようやくここからが俺の勝負なんだよ!」と目を輝かせて語る中小企業の社長さんたちの姿でした。
何千万円という大きな責任を背負い、自分の力で事業を動かしている自営業の社長さんたちの生き様に触れ、「自分も自分の人生を自分の手で切り拓く生き方がしたい!」と強く惹かれていきました。
きっかけ②:「高学歴大工」の本との出会い
そんな時、ある先輩から一冊の本を紹介されました。
それは、東大や早稲田を出た若者たちが大工になり、福利厚生や研修制度が整った環境で生き生きと働いている事例が書かれた本でした。
当時の私は、大工に対して「3Kで大変」「昔ながらの感覚的な世界」というイメージを持っていました。
しかしその本を読んだ瞬間、「銀行で学んだ組織の仕組みや伝える力と、自分が生まれ育った大工のルーツを掛け合わせたら、自分にしかできない新しい家づくりの形ができるんじゃないか?」と、頭の中の点が一つに繋がったんです。
きっかけ③:食堂の「壊れた引き戸」を直した日のこと
もう一つ、忘れられない出来事があります。
ある日、銀行の食堂の引き戸が壊れて開かなくなってしまいました。
東大や京大を出た優秀な上司たちが「困ったな……」と悩んでいる中、大工の息子だった私がパッと見て「これ、戸車が外れてるだけだな」とガチャッと直したんです。すると、スーッと扉が動いて「おおーっ!」と歓声が上がりました。
難しい計算や金融の知識も素晴らしいけれど、「実際に自分の手を動かして人を助けられる『手仕事の価値』は、AIや機械化が進むこれからの時代、絶対に廃れない」と直感した瞬間でした。
伝えにくい建築の世界を、日本一分かりやすく伝えたい
大工や建築業界には、プロにとっては当たり前でも、お客様から見ると「専門用語ばかりで分かりづらい」ということがたくさんあります。
だからこそ、アナウンサーを目指して学んだ「伝える技術」と、銀行員として培った「仕組み化・提案力」、そして職人としての「現場の技術」。このすべてを活かして、「誰よりも分かりやすく、安心して任せてもらえる家づくり」を届けていこうと覚悟を決めました。
最初は猛反対していた父も、今では同じ現場で共に家づくりをするパートナーとして温かく見守ってくれています。
▼当時のリアルな裏話や半沢直樹ばり(?)の銀行員エピソードは動画で!
動画では、銀行員時代のリアルな空気感や、「倍返しはあるのか!?」といった脱線トーク(笑)も交えて楽しくお話ししています。ぜひチェックしてみてくださいね!
【動画はこちら】
【Aoju Cafe #2】銀行員から大工へ。青木陽平が家づくりに懸けた「覚悟」とは?
チャンネル登録や高評価、そして「こんな話も聞いてみたい!」というコメントもお待ちしております!
それでは、また次回の更新でお会いしましょう!