2026/6/25
【動画あり】「なぜ元アナウンサー志望が大工に?」私が青樹工務店を継ぐまでのストーリー

みなさん、こんにちは!
青樹工務店の陽平です。
今回は、いつもとは少し趣向を変えた「トーク企画」でお届けします!
実は先日、YouTubeで新しい企画「Aoju Cafe(青じカフェ)」をスタートしました!
普段の「性能」や「家づくり講座」といった真面目な解説動画とは違い、コーヒーでも飲みながら、私のルーツや裏話をゆる〜くお話ししていく企画です。
その記念すべき第1回目でお話ししたのが、「なぜアナウンサーを目指していた人間が、大工になったのか?」という私の過去のお話です。
「動画を見る時間がない」「文章でサクッと読みたい」という方はぜひこのブログで、「実際の会話の空気感やニュアンスを楽しみたい!」という方はぜひ記事最後の動画をご覧になってみてくださいね!
「大工にだけは絶対なりたくない!」と思っていた幼少期
実は私の父は、大工として青樹工務店を創業した職人です。
4人兄弟の末っ子として生まれた私は、周りから「待望の後取り」として期待されていました。
……が、当時の私は「大工にだけは絶対になりたくない!」と心から思っていたんです(笑)。
父はとにかく真面目で、365日中360日は仕事をしているような人でした。
毎朝5時半や6時になると、ガラガラと作業場の古いシャッターが開く音で目が覚める毎日。日曜日も休まず働きづめで、友達のお父さんのように遊びに連れて行ってもらった記憶はほとんどありません。
「こんなに大変な仕事、自分には絶対無理だ……」
子ども心にそう固く誓った私は、大工にならないで済むようにと、必死に勉強に打ち込むようになりました。
野球への情熱と、アナウンサーを目指した理由
小・中・高校と野球漬けの毎日を送っていた私ですが、高校時代に強豪・帝京高校との練習試合などを経験し、「プレイヤーとして野球でご飯を食べていくのは無理だ」と壁にぶつかりました。
それでも「大好きな野球に関わる仕事がしたい!」という思いから辿りついたのが、アナウンサーという道でした。
早稲田大学へ進学後、4年間「アナウンス研究会」に所属し、本格的なアナウンススクールにも通いながら、キー局のアナウンサー試験に挑戦しました。
結果としては、2万人から数人という非常に厳しい狭き門で、惜しくもアナウンサーの夢は叶いませんでした(テレビ東京の制作職で最終選考まで残ったのが良い思い出です!)。
ですが、この4年間で学んだ「分かりやすく伝える力」や「話す技術」は、今こうしてYouTubeやブログでみなさんに家づくりの魅力をお伝えする上で、間違いなく大きな財産になっています。
「絶対嫌だった大工」の道へ
その後、銀行員などを経験し、最終的には「逃げ続けていた」はずの工務店・大工の世界へと戻ってくることになるのですが……人生とは本当に分からないものですね(笑)。
あんなに嫌がっていた父親と同じ道を歩んでいる今の自分ですが、今となっては職人としての父の凄さや、真面目に家づくりと向き合ってきた姿勢を心から尊敬しています。
詳しい「銀行員時代のお話」や「なぜそこから工務店に戻る決断をしたのか」については、また次回のAoju Cafeでお話しさせていただきますね!
▼今回のトークの模様は、ぜひYouTube動画でお楽しみください!
ラジオ感覚で聞き流せる動画になっていますので、移動中や作業の合間にぜひチェックしてみてくださいね。
【動画はこちら】
【Aoju Cafe #1】青木陽平、語ります。「元アナウンサー志望から大工になった理由」
高評価やチャンネル登録、そして「こんな話が聞いてみたい!」というコメントもお待ちしております!
それでは、また次回の更新でお会いしましょう!